切迫流産から切迫流産へ 24週の壁

   

こんにちは

ずっと家にいたのですが寝たきりだったのでパソコンも開けずじまいで2か月半くらいがたちました。

ここからは妊娠の話になります。

子宮頚管が妊娠初期から20㎜

妊娠8週目にプライベートの医者に行ったら子宮頚管が20㎜と言われました。と言っても妊娠前に24㎜くらいだったのであまり変わっていませんが入院レベルの短さ。切迫流産(子宮頚管無力症)と言うことで仕事をやめ8月1日から寝たきり。

子宮頸がんで7年前手術を2回したことがあり2回も切っているので短いのは知っていましたがカメレオンのしっぽ?のように伸びるものとばかり思っていたのでやっぱり伸びないんだななんて感じた。

前回の記事でも書いたように早め早めに手術を行いたいため14週で子宮頚管縫縮法をしたのですがそれでもその縫ったときすでに経管が緩んでいたことから、子宮頚管無力症は確定。

手術は行ったものの14週の時には5㎜しか経管が残っていなかったので引っ張って10㎜のところをぎりぎり縫った感じ。

1CMってインターネットで調べてもそんな短い人の記事が見つかりません。

パブリックの病院は手術をしたからもう大丈夫と言って詳しい検査はしません。
前回もこんなのんきなこと言っているから後期流産してしまったのに経管のせいではないの1点張り。と言うことで今回はプライベート病院に2週間に一度経過観察に行くことにしています。

切迫流産から切迫早産へ

手術後も絶対安静との事で家から出れずずっと寝たきり。

そして今なんと25週になることができました。

日本は22週をすぎると万が一早産で生まれてきても対応してくれますが香港はそれが24週

24週前までは流産扱いになります。

香港では、24週が流産と早産の分かれ目

てなわけで、19週で我が子を亡くした私たちにとって24週の壁はとっても大きなものだったんです。

世間から見れば24週なんて早すぎるって思うかもしれませんが24週までの4か月間の自宅でのベッドレストは過酷な物でした。

それがやっと25週に到達することができ本当にうれしい。

今ならお腹の子が万が一出てきてしまっても助かる見込みがあると思うと嬉しくて。

24週までの切迫流産中はここで出て来たら助けることのできないという無力感との戦いで心が折れそうでした。

家にずっといるので不安になるし暇だしマイナス思考になるばかり。

今は心に少しゆとりができお腹の子があと少し大きく出てこれるように祈ることにしています。

今度の目標は28週!

欲を言えば34週まで 40週までと言いたいけどそんな先のことはまだ全然考えられません。

1日1日がとても長くて毎日カレンダーであと何日かを数え同じことを毎日繰り返すのが習慣になっています。

後7週間

あと10週間寝たきりを貫けば35週になる。せめてあと8週寝たきりを貫けば33週になる。

病院の先生は最低でも32週まではベットレストと言っていました。32週まではあと7週間。

カウントダウン

まだまだ寝たきり7週間は長いですが寝たきり17週間が終わったかと思うとあと7週間くらい頑張らなくちゃ。

7週間過ぎたら少しずつキッチンに立ってごはんも作れるだろうし。

やっと好きなものが作れる!出来合いのごはんや作ってもらったものお粥生活はもう終わり

あと少し

あと少し頑張ろう。

PS複雑な心とラテアート

 

 

 

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